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「別人だ」とショック受けた母親
貯金1000万円から51歳で孤独死…男性は「室内で低体温症」になっていた 見落とされる「現役世代の社会的孤立」
部屋に暖房がなかった
年間孤独死約3万人、孤立状態1000万人――。これがわが国の偽らざる現実だ。壮絶な「死」の現場から見える、日本社会の闇をリポートする。
「弟は、孤独そのものだったと思います。親族だからこそ、あいつは孤独だったという印象を持っていますね。あいつの人生をずっと見てきたから。友達もいないし、仕事もほとんど無くなって、ここ数年は家の中にひきこもっている状態でした」
そう言って、紺野功さん(60歳)はうなだれた。
まだまだ寒さが骨身に染みる2月某日――都内の1LDKのアパートの一室で、システムエンジニアである紺野功さんの弟(51歳)は孤独死していた。
警察によると、死因は低体温症で死後1週間が経過。警察は「数日間は意識のない状態で生存していた可能性がある」と紺野さんに告げた。
「低体温症って、雪山に行ったときになるイメージがあったんですけど、部屋の中でも室温や体温が影響して起こることがあるみたいなんです。確かに、弟は部屋に暖房設備も付けていなくて、アルコールばかりでろくに食べてもいなかった。それで衰弱したことが突然死に結びついたみたいです」
弟の部屋に足を踏み入れると、どこもかしこもパソコン関連のモノで溢れていた。部屋の奥には、天井まで幾重にも段ボールが積み重なり、今にも崩れ落ちんばかりとなっている。パソコンが38台、モニターが20台以上、ほこりをかぶっていた。
デスクの下には、4リットルのペットボトルの焼酎が2本も置かれていた。弟は仕事が減るにつれてここ2年ほど、お酒を片時も手放さなくなった。大量の新聞紙は片付ける気力すら失ったのか、読んだ形跡もなく、無造作に山となって積み重なっている。
パソコンなどの箱が積まれた紺野さんの部屋
紺野さんが弟と最後に会ったのは、お正月だった。その日、弟は日に日に増えていく酒量を巡って心配した母親と言い争いになった。それが最後に見た弟の生きている姿だった。
亡くなる数日前にも弟の携帯に電話をしたが、電話口の弟はアルコールのせいか、ろれつが回っていなかった。
弟は幼少期から人付き合いが苦手で、内向的で引っ込み思案な性格だった。友達の輪になかなか入ろうとせず、友人の多い紺野さんとは真逆の性格だった。
大学卒業後、仕事を転々としたが、20代後半から独立。SEとしてフリーで仕事を請け負うようになる。事務所兼自宅として使っていたこの物件はその頃に借りたものだった。
一時期は通帳残高が1000万を超えたときもあったが、内向的な性格と時代の流れもあって、その後仕事は徐々に減り、貯金を食いつぶしながらひきこもりに近い生活を送るようになる。しかし、母親には毎年小遣いを渡す心優しい一面もあった。
紺野さんが覚えている限り、弟がこれまでに女性とお付き合いした様子はなく、仕事の付き合い以外では、友人もいないようだった。
社交的な性格である兄に対して羨望もあったのだろう。「兄貴は外面いいよな」と、嫉妬とも取れる言葉を投げかけられたこともある。家庭持ちで一見順風満帆に見える兄が、羨ましかったのかもしれなかった。
紺野さんにとって、今でも忘れられない出来事がある。
弟は数年前から痛風を患い、立っているのも辛い様子で足を引きずっていたという。
「それだけ体が辛いんだったら病院に行った方がいいんじゃないか」と紺野さんは何度も説得した。しかし、「大丈夫だよ」と言って、医療機関の受診に激しい拒否反応を示し、どんなに症状が悪化しても病院を訪れることはなかった。そもそも弟は保険証すら持っていなかったのではないか、と紺野さんは考えている。
孤独死する人の8割に見られるのが、こうしたセルフネグレクト(自己放任)である。部屋がゴミ屋敷化したり、病気にかかったりするなど、どんなに危機的な状況に陥って命を脅かされることがあっても、頑なに介入や治療を拒否する。また偏った食生活や過度な飲酒などによる不摂生などで、自らを緩やかな自殺に追い込んでしまう。紺野さんの弟の場合も、医療の拒否が死期を早めてしまった可能性がある。
しかし、セルフネグレクトから救い出すことは難しい。当の本人が拒否していることに対して、無理やり介入することはできないからだ。
「弟はひきこもりからセルフネグレクト、そして孤独死と、まさにこの路線をいったんです。あいつの人生を振り返ったとき、対人関係で良い思いをしたことがないような気がする。お金をもらうための仕事はしてたけど、あいつにとって人生の楽しみってなんだったんだろう、と考えてしまうんです。ずっと心の中は孤独で、ひきこもりになって、自分自身の人生を放棄するみたいにお酒に溺れていったんじゃないかな」
友人もいないため、火葬は母親と紺野さんの2人のみ立ち会う家族葬となった。幸いにも冬場だったため、遺体の腐敗はなく、棺に納められた弟の顔を見ることができた。
しかし母親は、弟を一目見ると「これは別人だ」とショックを受けた。生前の面影とは似ても似つかないほど、変貌していたのだ。
「弟の遺体は、まだ51歳なのに70代に見えたんです。私も最初に遺体を見た時、こんなに白髪があったの?と驚きました。最後に会ったお正月の時とは比べ物にならないくらい、おじいさんに見えました。
衝撃を受けているおふくろを横で見ていて、本当に可哀そうだった。こんな亡くなり方をさせてしまったことに対して、兄としてもっとやれることがあったんじゃないか、と思ったんです。おふくろは、親より先に子供が亡くなるのが一番の親不孝だ、と嘆いていました。おふくろのことを思うと、とにかく不憫でした」
孤独死は高齢者の問題だと思われがちだが、実は働き盛りの現役世代のほうがセーフティーネットにかかりづらいということが、筆者の長年の取材からも明らかになっている。
紺野さんはその後、弟の孤独死を教訓として、現役世代の孤独死に着目するようになった。弟が孤独死した3年後の2018年9月には『エンリッチ』というNPO法人を設立、「LINEを使った見守りサービス」を無料で提供している。
LINEに友達追加して登録するだけで、1~3日に1度、設定された時間に安否確認のメッセージが届く。OKをタップすれば、安否確認が終了。24時間応答がなければ再送し、それでも応答がない場合はNPO職員が直接本人の携帯に電話し、本人と連絡がつかなければ、あらかじめ登録した近親者などに電話で知らせるという仕組みだ。寄付は受け付けているが、命にかかわることなので、無料で運営している。
「弟のことを見て、孤独死の多くは人付き合いがうまくなかったり、社交的ではないことに起因してるんだろうなと思うんです。そのこと自体は不幸だと思わないし、そういう生き方なんだからしょうがない。無理やり引っ張ってきて、人と繋がりなさいと言うつもりはない。
ただ、兄弟として気づけなかったのは可哀そうだった、なにかできることはなかったのか、という思いはある。もっと早く見つけられたら良かったし、もしそのまま時間が経ってしまっていたら、より不幸な状態になっていたと思うんです。孤独死の遺族としては、現役世代にも孤独死が起こりえるということ、そして、本人が抱えていた生きづらさやつらさを社会にわかって欲しい」
紺野さんの弟のような現役世代の孤独死は、珍しいわけではない。少額短期保険協会孤独死対策委員会の第4回孤独死現状レポートによると、孤独死の平均年齢は61歳。高齢者に満たない年齢での孤独死の割合は5割を超え、特に 60歳未満の現役世代は男女ともに、およそ4割を占める。
発見されるまでの平均日数は全体で17日で、その多くが2週間以上発見されない。30日以上経過してから発見される割合も14.3%と、無視できない数になっている。男女の人数比率についてはおよそ8対2で、男性の方が圧倒的に多い。
同レポートの内容で注目すべき点は、第1発見者で最も多いのが不動産の管理会社・オーナーであり、27%を超えるという点だ。
家賃の支払いが滞ったり、郵便物が溜まっていることにオーナーが気づいたり、近隣住民からの異臭や郵便物の滞留の報告によって発覚するのである。つまり、親族や友人などが本人を心配して発見するよりも、赤の他人が孤独死を発見するケースのほうが多いということだ。
この背景には、「社会的孤立」の問題がある。筆者が取材してきた事例では、現役世代で孤独死する人の多くが、紺野さんの弟のように社会とうまく折り合いをつけられずに、孤立し、生きづらさを抱えていた形跡を感じることがある。
紺野さんの弟はかろうじて家族と繋がっていたが、過去の取材の現場では、誰にも救いを求められずに崩れ落ちてしまう現役世代の姿も数多く見てきた。今後、いわゆる「8050問題」の結末が孤独死になる例も増えると思われる。
筆者自身、ひきこもりの経験もあるため、孤独死した方のご遺族から本人の生い立ちを聞くと、自分と重なる部分が多く胸が痛くなる。孤独死は働き方との関連も深い。流動的な働き方を選択せざるをえず、人間関係が形成できず、金銭的にも苦難を強いられた就職氷河期世代の年齢が上がるにつれ、孤独死のリスクは増える一方だろう。
一人で亡くなることが悪いわけではない。社会とのつながりを失うことで、人生の歯車が狂ってしまい、不本意な境遇から這い上がろうにも這い上がれなくなることが問題なのだ。
これまで見落とされてきた「現役世代の孤独死」に、国も私たちも、もっと目を向けるべきではないだろうか。
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